医学基礎:消化器

消化器(Digestive Sytem)とは口唇(こうしん)からはじまり口腔(口腔)、咽頭(いんとう)、喉頭(こうとう)、食道、胃、十二指腸、小腸(空腸・回腸)、大腸(盲腸・虫垂・上行結腸・横行結腸・下行結腸・S状結腸)、直腸、肛門とつながる消化管システムと、消化管につながり消化吸収にかかわる肝臓、胆嚢、膵臓とを合わせた総称です。ただし咽頭は呼吸器に含められ、消化器内科医・外科医は食道以下を主たる対象とします。また直腸は大腸の一部とされることもありますが医学的には直腸と大腸を区別します。その理由は発生する病気の種類が変わること、消化器外科的には肛門からのアプローチが多くなることが主なものです。

消化器は臓器の中でも奇形が多い領域です。小学生等を対象に販売されている解剖図には間違った、あるいは日本人には多くない図が掲載されたものも多くみられます。書籍では「ぜんぶわかる人体解剖図」坂井建雄、橋本尚詞著、成美堂出版(東京)2017年出版をお勧めします。

消化器の機能としては食物の輸送、消化(化学的分解)、吸収という作用のほかに免疫機能があります。また肝臓での栄養の貯蔵と必要な物質の合成と有害物の解毒・排泄、免疫機能、膵臓での血糖調節ほかのホルモン作用があります。さらに神経伝達物質は脳に次いで種類が多く、体調の管理にも大いに役立っています。すなわち消化器はとても複雑な機能を発揮している器官で、その全貌はまだわかっておらず、絶えず新発見が続いている分野です。

口腔

食事の楽しみは味と香りですね。味わいの中には舌ざわりや噛んだり飲み込んだりする感触も含まれます。食の楽しみは栄養摂取にも重要なので、口腔の状況は健康状態の重要な因子となります。つまり予防医学の立場からは口腔機能を扱うことも必要でしょう。指標として使いやすいものを以下に挙げます。

  • 残存歯数
  • 齲歯(うし)の状況(虫歯の状況)
  • 唾液の分泌量
  • 口内炎の有無
  • 歯周病の有無
  • 舌の動き
  • 口腔内嚥下の状況

ストレスのチェックとして唾液内のアミラーゼを測定したり、喫煙状況を唾液で測定したり、コロナ感染を唾液で検出したり、と唾液を用いた検査は拡大傾向にあります。

口腔は重層扁平上皮でおおわれています。重層とは細胞が積み重なっていることをいいます。扁平上皮とは平たい上皮細胞という意味です。皮膚も重層扁平上皮でできており、その表面では細胞核が無くなり細胞膜だけになっています。これを角化といいます。口腔では舌の背側、歯茎、上あごなどが角化する重層扁平上皮で、他の部位は角化しない重層扁平上皮です。

口腔内には耳下腺、顎下腺、舌下腺という三つの唾液腺があります。

食道

喉頭で気管・肺に行く空気と振り分けられた食事や飲料は食道に入ります。食道は角化しない重層扁平上皮で表面を覆われています。

食道は食べた食物や飲料を心臓・肺という重要臓器が存在する胸部を素早く通過させて胃に送り込むためのもの、という認識が主流でした。しかし食道には迷走神経・脊髄神経が豊富に分布しており、神経分泌物質の放出とそれらのレセプターも存在し、日々の活動や気分に大きな影響を受けるとともに、逆に精神状態へ影響を与える可能性も示唆されています。

食道がんはがんの治療成績が大きく改善した現在でもすい臓がんと並んで治療が困難ながんです。このため食道がんの予防は以前より注目されており、現在も重要です。熱いものを飲み込む習慣や、逆流性食道炎の存在、あるいはタールやすすを扱う職業の食道がん発生確率が高いことが知られていますが、がん化に大きくかかわるものは不明です。

逆流性食道炎が高齢者の肺炎の大きな原因となっていること、口腔ケアと嚥下機能の維持、および寝たきり生活を避けることが重要であることが判明し、肺炎の発生率が大きく低下しつつありますがなお一層の努力が必要です。

予防医学の観点から食道の機能を評価することはまだまだ困難ですが、今後進展するかもしれません。


食道に続く消化管は胃です。胃は正面から見るとU字型(もしくはJ字型)で脊柱の左側から始まり足の方(尾側)に下がり、脊柱をまたいで右側に移り、頭側に進んだところで十二指腸につながります。食道と胃のつなぎ目を噴門、胃と十二指腸とのつなぎ目を幽門といい、これら二つの門によって胃の中にしばらく食物をためておくことができます。胃は噴門部から頭側にせりあがっており、ここを胃底部、その下を胃体部、U字型の先を幽門部といいます。胃は強い酸で食物の殺菌を担っていると考えられていましたが、それ以外にも消化管全体の動きをコントロールしたり、膵臓の働きをコントロールしたりする機能もあります。またビタミンB12 を活性化するなど消化吸収でも大きな役割を担っています。

予防医学として注目すべきはヘリコバクター・ピロリです。離乳食などを与える際に保護者が口でかんだものを与えると、あるいは濃厚なキスなどをすると人から人へ感染すると言われています。また井戸水などからも移ると言われています。ヘリコバクター・ピロリに感染すると胃炎を起こし、胃潰瘍を起こしやすくなり、胃癌を発がんしやすくなります。上水道が普及して約100年たつと胃癌が激減します。欧米ではすでに胃癌が減少しており、日本でも胃癌が減少中です。ただしそこに残るのは未分化癌など予後の悪い胃癌です。

十二指腸

胃で胃酸と混ぜられ、こなれた食事は、幽門を通って十二指腸球部に入り、下行脚、水平脚、上行脚と進み、空腸に至ります。十二指腸球部から上行脚までは腹膜よりも背中側にあります。つまり上行脚から空腸へ移る所は腹膜を貫いて再び腹腔内に戻ってくるところでもあり、トライツじん帯というやや硬い組織があります。

十二指腸下行脚にはファーター乳頭(十二指腸乳頭)というでっぱりがあり、その真ん中に胆管と膵管が開口しています。つまりここで肝臓で作られた胆汁と膵臓で作られた膵液が食事にまぶされて、いよいよ本格的な消化吸収が始まります。ファーター乳頭にがんができたり、胆石が引っかかったりすると黄疸を起こします。これは肝臓で作られた胆汁が十二指腸に流れなくなったために血液側に漏れ出てしまうからで、皮膚や目が黄色くなります。

十二指腸球部は潰瘍の好発部位で、胃十二指腸潰瘍と呼ばれたり、胃潰瘍の中に含まれたりすることもあります。小腸にはがんはほとんど発生しませんが、ファーター乳頭部は時々がんができます。早期に黄疸が出るので小さいうちに発見されますが、死亡率の高いがんです。


小腸

小腸は十二指腸と大腸の間にある腸です。その前半部を空腸、後半部を回腸と呼びますが明確な区別はありません。死体解剖時に肖像の前半部はいつも空っぽだったので空腸と、後半部分は黄色を帯びた便になる前の液が溜まっていることもあるうねうねと曲がりくねった腸だったので回腸と名付けたと言われています。両者の役割の区別はよくわかりません。どの部分を切り取っても1/3以上残せば健康を維持できます。それ以上切り取ると生命維持は困難になります。それは消化吸収ができなくなるという意味よりも、肝臓への門脈血流が大幅に低下することによる肝機能障害によります。

小腸の主な病気は腸閉塞(イレウス)です。回腸部分を食事(ここではすでに食物の形態はほとんど残っていません)が通過する際に回腸はぐるんぐるんと動き回ります。消化吸収を促進するためと考えられていますが、腸の癒着があったり、腹部の他の病気の影響があったりすると動きがうまくいかなかったり、ねじれたり、どこかのくぼみにはまり込んで動きが取れなくなったりすることがあります。ねじれたりはまり込んだりした場合は絞扼性イレウスと呼ばれる血流障害を伴うイレウスとなり、数時間以内に解除しないと死に至ることがあります。

小腸にはがんが少ない事からあまり研究が進んでいませんが、神経伝達物質やホルモンが豊富に含まれていることから健康に大きな影響を与えていると思われます。免疫系に大きな関与を与えていると思われる病気にクローン病がありますが、発生頻度は少ないので研究はゆっくり進んでいます。

小腸は血流が豊富なことが特徴で、事故で腹部を強く打つと出血しやすく時間をおいて急に重症化して死に至ることがあります。また小腸は最も検査が難しい臓器の一つで、小腸から出血している場合はその場所を特定することが困難です。

大腸がつかなくなったときに小腸人工肛門を設置しますが、その管理は大腸人工肛門よりはるかに難しく、障害認定に至ることが少なくありません。

大腸

小腸と大腸の接続部は回盲部と呼ばれ、回盲弁という簡単な逆流防止装置があります。大腸は回盲弁より尾側(足のほう)は行き止まりなので盲腸、行き止まりの先に虫垂(虫がぶら下がっているという意味)、盲腸より頭側を上行結腸、肝臓の下面にあたったところで左側にすすみ脾臓の前で尾側に向きを変えるところまでが横行結腸、向きを変えて尾側に向かうところが下行結腸、骨盤に至ったところで再び向きを変えて直腸につながる所をS状結腸とつながります。上行結腸と横行結腸の境目の曲がり角を肝曲、横行結腸と下行結腸の境目を脾曲といいます。

大腸の役割は水分の吸収です。大腸には多くの腸内細菌が生息しており、これが栄養面でも免疫面でも重要そうだということが最近分かってきました。また十二指腸のファーター乳頭から流れ出た胆汁は大腸で腸内細菌の働きを受けて二次胆汁酸に変化し、大腸粘膜から再吸収されます。

大腸はすべてを手術で取り去っても健康に生きていくことが可能です。その場合は小腸の一部が大腸機能を肩代わりするようになります。

ヘリコバクター・ピロリの制御が可能となって胃癌が急減すると死亡原因の上位に大腸がんがあがってきます。大腸がんは手術成績が良く、また化学療法をよく聞くようになってきたのでがん発見から10年生存も期待できるようになってきました。

大腸にはがん以外の疾患も多く、潰瘍性大腸炎やクローン病はIBD (inflammatory bowel disease) と呼ばれる厄介な病気です。これと紛らわしい疾患にはIBS (Irritable bowel syndrome) があります。こちらは下痢を繰り返す疾患で長男に多く、罹患率はとても高いと言われています。

 

大腸で起こる腸閉塞のほとんどはがんに由来するものです。大腸には腸内細菌が多く腸閉塞時に感染症を併発することが多くなり、重症化しやすいのが特徴です。また省庁に比べて血流障害を起こしやすく、虚血性腸炎や出血性腸炎となりやすいことも特徴です。


小腸や大腸の機能に着目した予防医学はほとんど展開されていません。その原因の一つは毎日の食習慣、排便習慣と健康の関連を分析するのは非常に多くの因子が関与し、日による変動、月による変動が大きいため、かなり面倒な話です。しかしスマートフォンなどを用いて日々の生活データを比較的容易に収集できるようになり、さらにAI解析ができるようになったので、解析が不可能ではない時代に突入しました。解析してみたいテーマが見つかったらぜひご相談ください。

直腸

大腸と肛門の間を直腸と呼びます。しかしS字結腸との境界、肛門との境界にはいくつかの定義があります。直腸は腹膜を貫き肛門につながります。腹膜を出るということは腸の外壁をなす漿膜がないということで、がんは周りの組織に広がりやすくなります。つまり直腸がんは大腸がんより周りに広がったり転移しやすく予後が悪くなります。近年化学療法が良く効くようになりましたので予後は改善しています。

消化器外科では直腸と肛門は早くから他の消化器外科と区別されているように扱う疾患も治療法も異なります。直腸肛門領域では保険診療外の診療が少なくないことも特徴です。

肛門

肛門は大便をコントロールするための大切な組織です。上半分は消化管と同じ粘膜円柱細胞で、下半分は皮膚と同じ重層扁平上皮で覆われ、その境界部は歯状線と呼ばれます。ここで口径が大きく変わり粘膜円柱上皮と重層扁平上皮では伸縮性に差があるのでカーテンのようなタックが作られているのが歯状線だと考えてください。その襞のくぼみから細菌が侵入してできるのが痔ろうです。一方便をいきむことなどによって静脈瘤ができるのが痔核と言われていますが、痔核の治療に大腸菌を殺したものが有効であることから、痔核の成因にはもっと複雑なメカニズムがあるのでしょう。


直腸肛門領域の疾患及び治療では、両者を一体としてとらえる必要があります。例えば痔ろうでは直腸側に瘻孔が伸びることもありますし、痔核では排便習慣と無縁ではないため肛門だけあるいは直腸だけのアプローチでは治療しきれないこともあります。直腸単純潰瘍や肛門直腸脱では教科書ほどきれいに分類できるものでもありません。直腸と肛門では発生するがんの種類がかなり違いますが、治療では人工肛門の作成を含めて一体として扱うことになります。

 

肝臓・胆管・胆嚢

肝臓は人体の中で最大の臓器で、消化吸収した栄養をさらに分解し、それを貯蔵し、必要に応じて新たな物質に作り直して全身に供給します。また多量の血液の貯蔵し、血圧調整に寄与したり、免疫を調整したり、不要になった物質を無害化したりもします。無害化された物質の一部は消化酵素とともに胆汁中に排泄し、ファーター乳頭から十二指腸に出され、便とともに排泄されたり腸内細菌の働きでさらに代謝されて再活用されたりもします。つまり肝臓の働きはとても複雑で人間の生命維持にとって大変重要なものです。

肝臓は非常に重要な臓器なので再生能力が高く、移植時に25%以上残せば生きていけることから生体肝移植という方法が生み出されました。この高い再生能力は肝炎などで発見を遅らせる原因になっているとも言われ、肝臓機能の低下を早期に発見することは健康診断の大きな目的の一つとなっています。

肝臓で作られた消化液である胆汁は胆管を通ってファーター乳頭に運ばれますが、その途中に胆のうという袋に蓄えられます。胆のうは川の遊水池のような役割で、肝臓は食事と関係なく胆汁を作るので、食事をとっていないときには胆のうにためて、食事時に一気に十二指腸に放出します。胆汁には消化酵素以外にコレステロールやビリルビン、そのたさまざまな物質が含まれており、胆のうでそれが濃縮されるので石を作りやすく、さらに炎症を起こしたり癌化したりもします。

膵臓

膵臓は胃の裏側にあります。膵臓は腹膜よりも背中側にあり後腹膜臓器と言われますので、正確には腹部臓器ではありません。消化吸収に大きな役割を担っていますが、インスリンに代表されるじん帯で最大の内分泌臓器でもあります。すなわち膵臓は腹部にあるが腹腔内臓器ではなく後腹膜臓器(腎臓と同じ)であり、消化液(膵液)を分泌する消化器の一部ですが、糖代謝の主役ともいうべきインスリンを分泌する内分泌臓器(他にもたくさんのホルモンを分泌しています)でもあります。

膵がんは今なお予後の悪いがんの一つです。症状が現れにくいこと、CTなどに写り難いこと(造影剤で濃く描出されない)、膵臓が漿膜に包まれておらずがんが周囲に広がりやすいこと、抗がん剤が効きにくいことなどが原因です。膵臓は先に述べたように消化液を分泌する臓器であると同時に内分泌臓器でもあるため、膵臓を全部取る(全摘といいます)と生命の維持が極めて困難になります。このためできるだけ膵臓の一部を残すように手術しますが、膵液は強力なたんぱくと脂質の消化酵素を含むため縫合不全を起こしやすいことが問題です。膵臓が後腹膜にあるため手術で到達するのが面倒ですし、血液を供給する動脈は前上膵十二指腸動脈、後膵十二指腸動脈、背側膵動脈・横行膵動脈、大膵動脈が分布しており、その処理が困難です。加えて肝胆膵領域は奇形が特に多い領域で、解剖学の教科書通りの方は15%とも言われます。


予防医学にかかわる研究を肝胆膵領域で行う際には健康診断等での血液性化学検査結果と生活習慣の関連や罹患疾患既往疾患との関係を調べる必要があります。血液性化学検査結果を扱う際には、海外と日本では測定方法が違ったり、測定結果の表示方法が違ったりするために注意が必要です。国際標準としてはLOINCという規格がありますので、何か疑問があればご相談ください。また日本の中だけで過去のデータと現在のデータを比べる際にも測定方法が違うなどの原因で標準値域がかなり異なる場合があるので、あらかじめ検査センターなどに問い合わせる必要があります。

消化器と高齢化

消化器の中で肝臓は高齢化の影響が少ない臓器です。一方口腔から食道までの重要な機能である嚥下機能は高齢化によってかなり機能低下します。物を飲み込みにくくなったり、誤嚥してせき込んだり肺炎になったりします。胃では胃酸の分泌が低下します。また腸では便秘しやすくなると言われています。腸内細菌を整えることで老化の速度に影響を与えることができるという意見もありますが、その機序や効果については十分にわかっていません。生活と健康を関連づけるためには非常に多くの因子が絡む多変量解析が必要となるため、これまでほとんど研究することができませんでした。ましてや老化との関係を調べるためには長期間にわたるデータを多変量解析する必要があり非常に困難です。AI解析はこのような状況を打破できる可能性があります。ぜひこの分野を研究してみましょう。